小説

3000文字チャレンジ チョコレート

私の彼は歳下だ。
バンドでメジャーデビューを果たすため、夜はバーテンのアルバイトをしながら日中はスタジオに篭ってベースの練習ばかりしている。「夢に向かって」と言えば聞こえはいいけど、どう考えてもただのヒモ。家にいたってゴロゴロするばかりで一体どこまで本気で将来のことを考えているのかサッパリわからない。セカイノオワリだかサカナクションだか知らないけれど、なれるもんならとっととなってくれ。
私には彼の語る言葉は空想に近い夢物語にしか聞こえないんだけれど、まあ6つ も歳上の女に説教じみた事を言われるのは嫌だろうしと気を使ってあまり強くは言えずにいる。
かたや私は大手企業に勤めるOLだ、と周りには言っているけど実情はただの派遣社員で、3ヶ月の更新ごとにいつクビを切られるかとヒヤヒヤしながら過ごす毎日だ。出世欲もなければこれと言ってやりたい事もない。学生時代の友人は次々と結婚していくし、将来のことをあまり深く考えたくないのはきっと私も同じだ。
結婚願望は人並み程度にあるけれど、その相手が彼ではないことは明白だし、
「結婚」というワードは二人の中でなんとなくタブーな話題になりつつある。別に彼には何の期待もしていないんだけど、やはり歳上の、それも適齢期の彼女に持つプレッシャーを彼もひしひしと感じているのだろう。追い詰めて逃げられるのが一番怖い。
彼の夢を手放しで応援したい気持ちもあるが、もし有名なバンドマンになんてなったらこんなおばさん、あっという間に捨てられるんだろうな。きっと叶わぬ夢だろうけど。
コンビニで買った新商品のチョコレートに手を伸ばす。パッケージに惹かれて買ったものの、胸焼けするほど妙に甘ったるい。
愛ってなんだか、チョコレートに似ている。
甘くて美味しいけれど、口に入れるとそのうち溶けてなくなってしまう。
この関係も同じだ。生活費の対価として受け取る愛は、果たしていつ溶けてなくなってしまうのだろうか。未来のない愛だと分かっていても、手離したくないと思ってしまうのは何故だろう。

ある日、同僚に合コンに誘われてしまった。どうやら相手方はみんな本気で結婚相手を探しているらしい。
正直あまり得意な場ではないけれど、いつまでも贅沢ばかりは言っていられない。30をとうに過ぎた女には、運命の出会いなんてもうどこにも落ちてはいないのだ。チャンスはこの手で掴み取るしかない。結婚相手、上等じゃないか。
そして合コン当日、学生の頃の若いノリとは少し違った雰囲気に圧倒されながらも何人かの男性と代わる代わる話をした。愛想笑いで当たり障りのない会話を繰り返しながら一人の男性が私を気に入ってくれたようで、連絡先を交換することまでできた。あまりパッとした印象はないが、真面目そうで本気で結婚相手を探している様子がしっかりと伝わってきた。上手くいくといいな、と願いながらその日は笑顔で別れた。
その後も何度かやりとりをし、数回食事を共にした。少し潔癖なところが気になったけれど、律儀で堅実で勤勉で、私には似つかわしくないような素敵な人だった。ルックスはいまいちだけど、年収も悪くない。けれども何故か全く心が惹かれない。
いかにも真面目という感じだし、歳下のヒモと暮らしてるなんてバレたら、きっとすぐに終わる恋だろうな。いや、まともな男ならみんなそうするか。

「それって二股じゃん。」
そうなのだ。私は結局どちらの彼も選びきれなかった。相手に少々の不満はあるものの、人生で最後になるかもしれないまともな恋愛を手放す勇気が出ず、かと言って未来のない歳下の男を一途に愛せるほど健気な女でもない。
「30過ぎてバンドマン飼ってるようなイタイ女が、理想通りの相手と恋愛なんてできる訳ないでしょ。ある程度のところで手を打っとかないと。」
はい、と手渡されたチョコレートを口に頬張る。
「オエ、何これ?」よく見るとカカオ99%のチョコレート。どうりで美味しくない訳だ。ポリフェノールだかなんだかが入っていて太らないとか美容と健康にいいんだとか嬉しそうに語る彼女を見ながらため息をつく。
愛ってなんだか、チョコレートに似てる。
例え身体に悪くても、甘い砂糖をたんまり入れなきゃ酷く苦いし、また食べたいなんて思わないもの。
私にとってあの人はそういう存在だ。きっと結婚したら幸せになれるんだろうけど、大して美味しくない。この期に及んで甘いだけの自堕落で怠惰な愛を求めてしまう私はきっと愚かなんだろう。どちらを選ぶべきなのかなんて、答えは決まっているはずなのに。

いつものように家に帰り、ソファでぐうぐうと寝ている彼にそっとブランケットを掛ける。その時、テーブルの上で彼の携帯がピコンと鳴った。
私の知らない、女の名前。胸がざわつく。
音に気づいて目を覚ました彼は、一瞬「しまった」という顔をしたが、開き直ったような態度でこう言った。
「まあ、お互い様だろ。それより今金なくてさ、千円貸してよ。」
返す言葉もなかった。とっくにバレていたのだ。私は彼を責められないし、怒る権利もない。
甘い恋の末路は、あっさりと終わりを迎えてしまった。浮気をしていることを知って尚このまま関係を続けるような気には到底なれず、どうにか部屋から追い出した。身勝手だと自分でも思うが、涙も出ずむしろ爽快な気分に驚いた。寂しさ故にずっと執着していただけで、別に彼を愛していた訳じゃなかったのかもしれない。
これで良かったんだ。私もそろそろまともな恋愛をしなきゃ。例えつまらない相手だって、長く付き合えばそのうち情も湧くだろう。これからは一途に彼だけを愛し……なんて考えていたが甘かった。
「もう、終わりにしようか。」
次のデートで、そう告げられてしまった。
結婚するならなるべく早く、親への挨拶を、とハイスピードで進めようとしていた彼は、いつまでも煮え切らない私の態度にいよいよ業を煮やしたらしい。どうしてこのタイミングで。
もういいの、あなたと結婚したいと泣いてすがりたかったけれど、最後くらい格好つけて「あなたには私よりふさわしい人がいるわ」とありきたりな台詞でさよならを告げた。これで本当にひとりぼっちだ。
愛ってなんだか、チョコレートに似てる。
罪悪感を抱くのは決まって食べ過ぎてしまった後だ。太るとわかっていてもどうしても辞められない。
二人分の愛を貰った私の心は、慢心しきって醜くぶくぶくと太っていた。あっちがダメなら今度はこっち、なんて付き合い方が許されるような女ではない。自分の身の程は、自分が一番よく知っている。二兎を追う者は一兎をも得ずとはよく言ったもので、結局どちらも失ってしまった。
自業自得なのはわかっているけど、それでもどうしようもなく寂しくなった。
誰もいないあの部屋にひとりぼっちで耐えられる気がしない。こんな私の心を癒してくれるものは一つしかない。今日くらいは贅沢に、サダハルアオキのチョコレートでも買って帰ろうか。
愛ってやっぱり、チョコレートに似てる。