生活エッセイ

毒親語り

この時期が来るといつも思い出す。
クリスマスの思い出。

私は幼稚園の頃にはサンタクロースがいないことは理解していたけれど、
「子どもがサンタクロースを信じていない」ということが親を落胆させるということも充分にわかっていたから親の前では何年もちゃんと信じているフリをしていた。
3歳だったか4歳だったかの頃に母と読んだ絵本に、
クリスマスの夜にサンタクロースへの手紙と一緒にホットミルクとキャンディを置いておくシーンがあった。私はその絵本が好きで、母と一緒に
「今回のクリスマスはこれをやろう!」とワクワクしながら準備をした。
きっとクリスマスの朝にはミルクのカップは空になり、キャンディは2、3個の包み紙だけになっている事だろう。大げさに喜んで見せれば母もきっと喜んでくれるはずだ。それは私がサンタクロースを信じているという証明にもなる。
だけど、予想は少し外れて当日の朝にはプレゼントと一緒に空になったマグカップと
「ミルクありがとう、飴はあなたが食べてね」と書かれたサンタからの手紙が置いてあった。
それを見た瞬間、今までの鬱憤が爆発してしまった。

いやいや!飴を隠すか捨てるかぐらいしろや!!!こっちはお前らが望むからわざわざ知らないふりして茶番に付き合ってやってんだよ!その程度の手間惜しむなよ!!
でも親にはサンタを信じてないこと悟られちゃいけないから
「サンタさんが飴を食べてくれなかったから悲しい」って理由づけしてわんわん泣いた。

私は親や大人が望む、いわゆる普通の純粋無垢な子供じゃないんだという罪悪感は「汚れ」に近い感覚だった。
その汚れを必死に取り除こうともがく自分の惨めな姿が酷く哀れで嫌いだった。クリスマスの朝、これでやっと自分が汚れた子どもだという現実から一年間は目を反らせると思っていたのに。
やっとサンタクロース地獄から、解放されると思ったのに。

他の子どもが当たり前に信じてる嘘を、どうして自分だけ、信じられないんだろう。
どうして自分だけ、人に愛される純粋さを持ち合わせていないんだろう。
どうして自分だけ、皆が楽しむクリスマスに罪の意識を抱えて過ごさなきゃならないんだろう。
周りのみんなの「当たり前」が自分にはないことが辛かった。
それが自分の努力ではどうしようもない事が辛かった。
どんなプレゼントを貰ったかなんて覚えていない。ただ、悔しかった。

ダメじゃないといけない

私には兄が1人いる。
この兄がまあ出来た人間で、顔もよけりゃ頭も良くてスポーツもできるしっかり者で、おまけに人格者。
私は小さな頃から身体が弱かったので親はいつも私にかかりきりで、二歳しか歳の違わない兄はきっと思うところがあったと思うんだけど、
そんなこと微塵も感じさせない程に兄は私に優しかった。甘やかしていたという表現の方が適切かもしれない。
私は昔から鈍臭い方で、勉強も得意ではなく内気な「ダメな子」だった。
こういう関係だとよくある悩みが
「親が兄ばかり可愛がる」というもの。小さい頃からできる兄と比べられて辛かった、みたいなのよく聞く話だよね。
だけど、母が可愛がったのは兄ではなく私の方だった。
「ダメでもいいのよ。子供なんて手がかかる方が可愛いの」とよく言われてきた。
母は世話好きのお節介。
1人で何でもできる兄より、手のかかる私の方が可愛く思えたのかもしれない。
母は私のダメな部分を、ダメなまま愛してくれた。
ダメでもいい、ダメだから可愛い。ダメな子ほど可愛い。
きっと私はどんなに努力をしても、兄を超えられない。
だったら、ずっとダメでいないと。そうしないときっと、母に愛してもらえない。そう思うようになった。

母がいないと何もできない、赤ちゃんのままでいなければならなかった。
1人で新しく何かができるようになることが怖かった。
母の前では何もできない自分を演じなければならなくなった。
母は、私が何か失敗すると、慰めるふりをして酷く喜んだ。
「やっぱりあなたにはお母さんがいないとね。お母さんがやってあげないと、何もできないんだから」と笑い話のようによく語っていた。
その度に「私、今日もダメでいられたんだな」とホッとした気持ちになった。
母は私が1人で鍵をかけて出かけることすら嫌がった。
「あの子、1人で鍵がかけられるかしら」
高校生になったって、1人で留守番すらさせてもらえなかった。
「あの子はダメな子だから1人にさせるのが心配だわ」と。
自信や自尊心などもちろん皆無だったけど、それで良かった。
だって私はダメなんだもの。ダメでもいいんだもの。ダメじゃなけりゃいけないんだもの。
過保護にもほどがある、子離れしろ、と母もいろんなところで言われていたみたいだけど
「この子は普通じゃない。ダメな子だから。ちゃんと私が世話をしてあげないと」といつも答えていた。
こんな風に書くとちょっと異様に見えるけど、私も一緒になって何も出来ないふりをしたり、母の前で簡単なことをわざと何度も失敗したりして気を引いていたから仕方がないんだと思う。

ダメじゃなくても、いい

この呪縛から解かれたのは、私が結婚して家を出てからだった。
何もできないダメなやつだと幼い頃から植え付けられ、自分でもそう思い込んでいたけれど、実際やってみたらほとんど何でも一人でできた。
母がいなくても一人で当たり前の生活が送れることに驚いた。
心配されなくたってレンジでチンもできるし、鍵をかけて外出することだってできる。そう、できるのだ。きっと昔からできたのだ。
「大人なら1人でできて当たり前な事」を普通に与えてくれる今の環境が堪らなく心地いい。
なんだってできていいんだ。
「出来ること」を罪に思わなくていい。出来ないふりをしなくていい。
それは革命に近い衝撃だった。
恥ずかしい話だけど、30歳になった今、母と話していると腹が立って仕方がない。遅れてきた反抗期なんだと思う。
どうしても母が忙しく、私1人で鍵をかけて出かけないといけなかったあの日。
母は何度も私に鍵のかけ方を教えた。当時中学生の私は、そんなこともちろん当たり前に知っていたけれど、あまりに何度も確認されるものだから、失敗しなきゃならないんだと鍵をかけずに出かけた。
鍵が開いたままの玄関を、母は「あれだけ教えたのに!」と怒りながら開けていたけど、10分後には父や兄にニコニコしながら「やっぱりあの子には私がいてあげないと」と話していて心底安心した。
自分の選択は、正解だったんだと。
今でもたまにあの日の夢を見る。
鍵をかけていいのか、それともかけない方が母は喜んでくれるのか。わからなくてずっと考えていた。
うちの母はいわゆる「毒親」とは少し違うと思う。兄にとってはいい母だし、悪意があった訳でもないだろう。
ただ、壊滅的に私と相性が悪かったんだろうなと思う。
母は母なりに私を全力で愛し、尽くしてくれた。そんな母を私は嫌いではない。
だけど、今になって思うのは後悔ばかりだ。
1人だけで何かを成し遂げてみたかった。
大きな壁に立ち向かい、挫折してみたかった。
あなたはダメな子なのよという刷り込みのない人生を、歩んでみたかった。
「出来なくてもいい」じゃなくて、「出来てすごいね」と言われたかった。
こんなこと言っても仕方がないけれど、
本当に玄関に鍵をかけてもいいのか、なんてくだらないことで悩まなくていい今がとてつもなく幸せだ。
今日も明日も明後日も、1人で鍵をかけて出かけよう。