生活エッセイ

峯田和伸と、私

銀杏BOYZというバンドをご存知だろうか。有村架純ちゃんが主演を務めた朝ドラ「ひよっこ」で確か主人公のおじさん役だかなんだかやってたのが銀杏BOYZのボーカル、峯田和伸だ。
私はこの銀杏BOYZというバンドが大好きなんだけど、大好きであると同時に、大嫌いでもある。
芸能人のアンチとかやってる人って何考えてんだろうね?嫌いなら見なきゃいいだけなのに とお思いの皆さん。あなたの感覚は、百パーセント正しい。あなたの全く理解できない「アンチの心理」を少しだけお話させてもらいたい。

私が峯田和伸に出会ったのは、確か中学生の頃だった。当時はいわゆるインディーズバンドブームで、その象徴とも言えるバンドがゴイステだった。ゴーイングステディ、銀杏BOYZの前身バンドだ。この頃は「さくらの唄」や「BOYS&GIRLS」の入ったMDを友人と貸し借りしてよく聴いていた。いい曲だからというのもあるけど流行っているから、ノリのいい曲だから、みたいな気持ちでワイワイ聴いていた気がする。だけど次第にその曲の世界にどっぷり浸かり、ゴイステは私の一番好きなバンドになった。
惜しくも2003年に解散してしまったけれど、解散ライブのDVDはMCの言葉1つ1つも全て暗記するほどバカみたいに何度も何度も繰り返して見ていた。
特に青春時代という曲の、高音を伸ばす時の掠れた声がなんとも言えず切なくて堪らなく好きだった。
ゴーイングステディが解散してから2年後の2005年。峯田和伸が新たに結成した銀杏BOYZというバンドが、
「DOOR」、「君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命」という2枚のアルバムを同時にリリースした。
この2枚のアルバムが、私の人生を変えた。

※下品で汚い歌詞が多くて不快に思う方もいらっしゃるだろうから検索は自己責任で。

ゴイステのファンだった私は、今はもう潰れてしまった地元のHMVで発売ポスターを見た時からずっとワクワクしっぱなし。発売当日学校帰りに走って買いに行き、帰りのバスの中でドキドキしながら歌詞カードを見て少し引いた。なんだこの下品な詞は。
初めて聴いた時は「うるさい!音がでかい!」と驚いたのを覚えている。そうそう、あの二枚のアルバム、異様に音がでかいのだ。
だけど、聴き始めたら止まらなかった。
脳みそを直接ハンマーでぶん殴られたみたいな衝撃だった。身体中がビリビリと痺れ、少し震えた。これが本物のパンクロックだ、そう思った。
とにかく下品で汚くて、暴力的でグロテスクで。だけど、なぜかわからないけど無性に胸に残った。ゴミの掃き溜めみたいな曲たちの中に、異質なほど美しく輝く何かがあった。絶望とか愛とか生とか死とか、当時セブンティーンだった私があやふやに抱えていた薄っすらとした闇に、答えが出たような、それともサッパリ何もわからないような、なんだか不思議な感覚だった。この日から私は、銀杏BOYZに深く深く心酔し始める。朝から晩まで狂ったようにこの2枚のアルバムを聴いていたし、その全てを理解しようとした。峯田のブログは端から端まで読み漁り、銀杏BOYZの掲示板でああでもないこうでもないと議論を交わしたり、全裸騒動で涙を流したり。銀杏BOYZというバンドは、音楽という枠を越えて17歳の私の人生そのものになった。
峯田は常々「また来年アルバム2枚同時発売すっから」と言っていたけれど、結論から言えば実際に次の2枚のアルバムが発売されたのは9年後の2014年だった。
非常に言いにくいんだけど、私はここに大いに不満を持つことになる。
9年間の間にシングルのリリースもあったけど、私が聴きたいと思っていたドストレートなパンクロックはあまり発売されず、正直あまりピンとこなかった。
それからはブログ本の発売や映画の出演なんかの露出が目立つようになり、
「お前の職業は一体何なんだよ」という怒りがふつふつと湧き上がるようになった。
別に映画に出ようが何しようが構わないけど、私が好きなのは「峯田和伸」本人ではなく、「彼の作った音楽」だったから。そんな暇があるならコンスタントに新曲をリリースしてくれといつも思っていた。音楽系のニュースで「銀杏BOYZ」とか「峯田和伸」という文字を見ても、新曲の発売告知ではないことの方が多かった。
私はこれが、物凄く物凄く物凄く不満だった。

今になればわかる。若い頃に感じていた怒りや衝動のようなものをずっと保ち続けるなんて不可能だ。
「社会なんて、大人なんて、全員嘘っぱちだ!」なんてティーンだからこそ怒れることで、実際に社会の一部になってしまった大人たちがそんなことに本気で怒れるはずがない。怒るのにもパワーがいるし、年をとればとるほど人間誰だって丸くなる。30過ぎても40過ぎても、大人は嘘つきだ〜!なんて言ってる人の方が珍しい。私も当時は若かったからわからなかったけど、大人になればなるほど反骨精神みたいなものってだんだん薄れてきたもの。
だけど、だけど。
その理解を示すには、私は少し子供すぎたし、そして何より銀杏BOYZというバンドに心酔しすぎていた。
私の中の峯田和伸は単なるバンドマンの一人ではとうになくなっていて、私の心の中の偶像とか、大事な大事な神様みたいな存在になってしまっていた。

だけどその神様は、私を簡単に裏切った。
俳優業なんて、プラスアルファじゃん。本業疎かにすんなよ。

もちろん彼が何をしようと彼の自由だし、
それを応援するかどうかも私の自由だ。
だんだん彼を応援したい気持ちより、自分の不満の方がどんどん大きくなってきた。私の心の中の峯田和伸は、いつだって真っ直ぐなパンクロックを歌っていたし
「ドントトラストオーバーサーティ!」と大きな声で叫び続けるパンクロックの神様だった。
私が最高にカッコイイと憧れたその姿と、実際の峯田和伸との間のギャップが許せなかった。もっと曲作れよ、もっとライブやれよ、もっと、もっと、もっと!
嫌ならファンを辞めればいい。追いかけるのを辞めればいい。もうそんな次元じゃなかった。峯田和伸はとっくの昔から私の人生の一部で、それを捨てることって私の過去をゴミ箱に捨てるのと同じ事だもん。だんだん憧れが歪み始めてきていることに、自分でも気付いていた。だけど、もう引き返せなかった。
浮かれた峯田の顔を見るだけで腹が立った。私は、私は、こんなにもあなたの作る音楽を待ちわびているのに。当の本人は知名度向上して可愛い女優と楽しそうにワイワイ。良かったですね。
ねえ、あなたが10年前に歌っていた汚い大人って一体どんな人でしたっけ。

なるべく峯田のニュースを見ないようにしてはいたけれど、さすがに「NHKの朝ドラに出演」は度肝を抜かれた。
「もしもMステに呼ばれたら、リハでは夢で逢えたらやって本番でメス豚演奏してやる」って言ってたあなたはどこに行ったんだろう。お手持ちのギターでドラマのセットぶっ壊したりしたのかな?あはは、する訳ないよね。パンクロックの神様が、NHKの朝ドラ!すごいね。全然パンクじゃないね!
もう、涙が止まらなかった。なんで、なんで、なんで。
石原さとみと恋愛ドラマの主演のニュースを見た時は驚きもしなかった。怒りもなく、ただ強烈な嫌悪感だけが残った。

こんなに峯田が嫌いでも、満月を見れば自然とグレープフルーツムーンを口ずさんでしまう自分が嫌だ。自転車に乗れば佳代を口ずさんでしまう自分が嫌だ。
自分の理想を押し付けてるだけなのはわかってる。別に、私の思い通りに生きなくたって、彼は彼のやりたいようにすればいいんだって頭ではわかってる。
峯田和伸のファンの方には申し訳ないけれど、私は「私の胸の中にいる幻想の峯田和伸」しか好きになれない。今の彼をどうしても好きになれない。だけど、彼の作った音楽はいつも私を絶望の淵から掬い上げてくれた。そのギャップが、どうしようもなく私を苦しめる。

これからも、きっと彼が私の期待に答えることはないだろう。
私には過去の幻影を追い続け、何年も前のCDを聴きながら「やっぱりこの頃の峯田が最高だった」と自己愛に過ぎない身勝手な私の愛を守り続ける他ない。育ち過ぎてしまった彼の音楽への愛を、今更断つことなんてできないから。
今までもこれからも、私はずっと彼を憎みながら彼の作った音楽に救われ続けていくんだろう。
誰よりもアンチで、そして永遠にファンであり続けるんだろう。
こんなバカみたいなことしかできない愚かな女が、銀杏BOYZのアンチをやっています。