生活エッセイ

話し下手の母

久しぶりに母と話す機会があった。

うちの母はお喋り好きの話下手で、

私は彼女のとっちらかった話を聞くのが昔から大の苦手だった。

「このおナス、食べてみて。」

「美味しいねえ。珍しい味がする。味付けは何?」

「こないだね、お友達とお食事に行ったの。その時におナスを食べたんだけど、それが美味しくて。そのお友達は5歳のお孫さんがいるの。お誕生日プレゼント迷ってるみたいでね〜。五歳くらいの子が好きなものって何かしら?」

「5歳くらいなら好みが分かれるだろうから、本人にきいたほうがいいんじゃない?で、味付けは?」

「そうねえ。〇〇さんとこのお子さんも五歳だから聞いてみようかしら。〇〇さん、離婚なさったんですって。大変よねえ。そういえば前にやってたシングルマザーのドラマ、タイトルなんだったっけ。」

「ドラマは知らない。ナスの味付けはなんなの。あとプレゼントは他人の子じゃなくて本人に聞いたほうがいいって今言ったんだけど。」

「あ、あれどうする?」

「あれって何?」

「持って帰る?」

「だから何の話?」

「なんで怒ってるの?アレよ、アレ。」

ため息が止まらない。もう、常にこのレベルの会話しかできない。こちらの質問はほぼ百パーセント答えが出ないし、向こうの質問に答えても何1つ聞いちゃいない。

彼女の話は次から次へと、まるで蝶が花から花へひらひらと舞うように変わっていく。そして、とにかく長い。

結局ナスの味付けを知ることは出来なかったし、コストコでミックスナッツを沢山買ったから持って帰るかという話を聞き出すのに15分もかかってしまった。

挙げ句の果てに怒りっぽいだのイライラしてるだのたまには泊まっていけだのと言われて疲れてしまった。

誰のせいだと思ってるんだよ。

私はわかりやすく整頓された話が好きだ。自分がそういう話し方が出来ているかはわからないが、

会話の途中で話題を変えられたり、話が飛躍しすぎるとイライラしてしまう。

そして(これは自分でも欠点だと自覚しているけど)話の中に矛盾点や気になる部分があると即座に指摘してしまう癖がある。

この性格が、まあ母と合わない。

「北海道で思い出したけど、こないだのあれ、ふわふわだったね〜。あの日、お父さんのポロシャツ一緒に買いに行ってたんだけどね、」

何がふわふわだったのか、なぜ北海道で思い出したのか、そもそも北海道の話は今していないんだけど。

「そんなことはいいのよ。あのねえアマニ油知ってる?身体にいいのよ〜。ルッコラにかけるのがいいんだって。」

母の話に何も期待などしていないのに、

「買い物」ではなくポロシャツと具体例を出した事にはきっと何かの意味があり、それが今後の話の伏線になるんだろうと脳が勝手に勘ぐってしまった。そして裏切られると腹が立つ。ポロシャツは何だったんだ。それがどうして今、アマニ油の話になっているんだ。

一つ一つ話題を繰り返させて、最後のオチまできちんと話せといつも怒ってしまう。

学生の頃だったか、「ちょっと黙るか、それができないなら壁と話しててくれ」と頼んだことがあったっけ。

「相槌さえ打ってくれたら壁でもぬいぐるみでもなんでもいいんだけどねえ」と普通の顔で言っていた。

まともに聞かなきゃいいんだけど、私以外の家族はきっとみんなそうしているんだけど、何故か私には上手くそれができない。

強制的に耳に入ってくる情報を、どうしても排除できない。

そして、多くの母親に当てはまる部分もあるのかもしれないが、「言い間違い」が酷い。そのくせカタカナ言葉に妙な憧れがあるようで、確実に間違っているのにすぐに使いたがる。

フジ子・ヘミングのラ・カンパネラを聴きながら

「ヘミングウェイのカンパーニュって本当に素敵よねえ。」といつもうっとりしている。

もう訂正すらしないが、勝手に詩人にパンを焼かせておいて本当にわかってるんだか何なんだか。

連載当初からるろうに剣心のことをうろうろけんちゃん(けんちゃんがうろうろしている話だと思っているらしい。誰だよけんちゃん)

レミオロメンはメロンパンナと言い続けて、もう数十年訂正し続けてきたが一向に治らない。

母の間違いが治る前に連載はとっくに終了、バンドは解散してしまった。

私も歳をとるとこんな風になってしまうのだろうか。

いや、なるまいと思ってはいるのだが…。

しかし、そんな不安を裏付けるような出来事がついに起こってしまった。

あるバラエティ番組に、懐かしいお笑い芸人が出ていた。少しぽっちゃりとしていて、裸芸が売りの…えっと、この人名前なんだっけ。

確か凄くポジティブな名前だったはずだ。

「いつも元気な安村?」

「とにかく優しい安村?」

「明るく笑顔がステキな安村…?」

…違う違う、なぜ私は会ったこともない安村さんをこんなに褒めているんだ。

あ、思い出した。「とにかく履かない安村」だ。

ホッとしてしばらく「履かない安村」と呼び続けていたが、「履いてますよ」とテレビの中から安村さんに言われてしまい、あれ?と思った。

結局最後まで彼の名前は思い出せなかった。

歳をとるってこういうことなんだろうか。老いには抗えない。

私もきっと母のようになる。いや、母よりもっと口うるさくて面倒くさいおばあちゃんになるかもしれない。

思わぬきっかけで自分を顧みることができたし、たまには黙って母の話を聞いてあげようと思った。

ありがとう、いつも優しい安村さん。