生活エッセイ

夫の悪口を言ったら1000万人に見られてしまったのでちょっと言い訳をさせて欲しい。

夫の悪口を言った。

怖いのであんまりリプ欄をチェックしていないけれど、知らない人から「バカ女」というリストに入れられたりしたので多分私も悪口を言われているんだろうと思う。あーあ。

愚痴るくらいならなぜそんな人と結婚したんですか?

と言われているのかいないのか知らないけれど、
なぜ結婚したかって愛してるからに決まってるじゃん。と言いたい。

「愛している」という気持ちと
「家事しなくて腹が立つ」という気持ちは、実は両立するのである。

モラハラっぽいところもあるし、知ってる人は知ってるだろうけど実は過去に殴られたりなんかもある。

色んな事があった。そしてきっとこれからも色んな事がある。
それでも、大きくなったり小さくなったり熱くなったり冷たくなったりしながら「愛」という感情は私の中にずっと存在し続けている。

低スペ陰キャ私

さて、私のことを少しお話しさせてもらいたいと思う。お気づきかもしれないけれど、私はネクラである。
まあツイッターで頻繁にリツイートされてるような人ってみんなネクラだと思う。偏見だけど。
皆さんの学生時代を思い出して欲しい。
休み時間に誰と話すわけでもなくずっと寝たふりをしている人がいなかっただろうか。
スクールカースト三軍にすら属さず、いや属せず、一人ぼっちで空を見つめてただ時間が過ぎるのを待つだけの孤独な学生生活を送っている人。
先生に当てられて国語の教科書を音読している時しか声を聞いた事がないような人。

小学生の頃、二重飛びどころかあやとびすらできない私にわざわざ放課後に時間を割いて教えてくれた先生がいた。
「今時珍しい熱血教師よね」と保護者の間で噂になるような、とてもいい先生だった。
そんな優しい先生に的確な指導を受けながら居残りで練習した私だったけど、結局学年が上がってもできるようにならなくて、その先生は「熱血」をやめてしまった。
中学の頃は50m走るのに15秒以上かかって「わざと遅く走って俺をバカにしているのか」と体育教師に言われ、居残りで校庭を走らされた。 
球技大会の前日にはクラスの運動部が仲間を連れて「頼むから明日学校を休んでくれ」と頭を下げに来た。
どれほど真面目に授業を受けてもボールをドリブルすることも、まっすぐ飛んできたボールを受け取ることもできなかった。

昔GTOというドラマにトロ子というキャラクターがいた。
勉強も運動もできず友達もいないクラスの厄介者、トロ子。
彼女は何もできなくても巨乳で顔がかわいかったからアイドルになれたが、私はそうではなかった。

そして夫は、正反対の人間だ。

夫はパーフェクトヒューマン

クラスの人気者。いつだって目立つグループにいて、何をやらせても卒なくこなす。
運動もできて頼りにされてて放課後の教室で男女入り混じった仲良しグループで楽しそうに喋ってる集団。
学年のマドンナに涙ながらに告白されちゃったりなんかして、もう完全に私なんかとは別次元の生き物だ。

学生時代の夫を直接は知らないんだけど、彼の友人に聞く限り相当なイケイケ君だったらしい。いや想像がつくよ。
顔もかっこいいしスポーツ万能でなんでもできて、人懐っこい性格で誰からも好かれてて優しくて頼られてて。

私と夫が釣り合ってないことなんて、誰がどう見たってそうだろう。

私のクソくだらない生き方

私はとある会社の事務員として働いていた。 向上心もなく、与えられた仕事をただこなすだけ……というか、まあまともにこなせない事も多々あってよく叱られていたんだけど、そんな事はどうだってよかった。
毎日が退屈で、全てがくだらなくて、いつか訪れる「死」に向かって、ただ一日一日を消費しているような生き方だった。
つまらなかった。
趣味らしい趣味といえば音楽が好きで、よく仕事終わりに一人でライブハウスに足繁く通っていた。
音楽を聴いている時は楽しかったけど、イヤホンを外せばいつも霞がかったような暗い現実がそこにあって、うすぼんやりとした絶望と、虚無感と、このまま無駄な日々を過ごして老いていくことに対する焦燥感が静かに心を蝕んでいた。
数少ない友人は次々と結婚するし、そのくせ結婚式には全然呼んでもらえず友人だと思っていたのが自分だけだったのかと思い知らされたりして、一人で虚しく寂しく社会への恨みを叫ぶパンクロックばかり聴いていた。 

夫と私が出会ったのはもうお互いが社会人になってからなんだけど、
彼の職場には彼がとても憧れている上司がいて、その人のようになりたがっていた。

パッと目立つタイプではないけれど、真面目で勤勉で、人の嫌がることも率先して引き受けて、誰も見ていないようなところで誰かの助けになることを一人でずっとしているような人。

彼はその為に必死で努力をしていた。そして、もがき苦しんでいた。
眩しかった。
私はそんな彼の姿を見て
「この人は、毎日を生きているんだな」と思った。

日々を「生きている」のではなく「ただ過ごしている」だけの私にとって、彼の一挙手一投足全てがキラキラと輝いて見えた。

陳腐で使い古された表現だけれど、灰色だった私の人生は、彼の存在で色付いたのだった。

彼はまぎれもない人間だった

結婚する前のことだけれど、「俺のどこが好き?」と聞かれたことがある。
短気で怒りっぽい彼とは何度もケンカをしたし、俺のことを全く理解せず理想を押し付けられているような気がして嫌だ、と言われた流れだった。

その時に私は「人間らしく、生きているところ」と答えた。
彼は少しポカンとした後「ああ、確かに」と言って笑った。

彼はとてもよく笑う。そして悲しみ、時に怒る。
当たり前に思えることだけれど、いつもそれを素直に表現する。
彼は感情豊かで、とても正直だ。

私は人生楽しそうな陽キャが大嫌いで、その理由はもちろんやっかみが8割なんだけど、さらに追求すると
「その姿が虚構に見えるから」というのも根深い。
世渡り上手な人って自分の感情を包み隠してうまく振る舞って人に好かれたりするじゃないか。私はそれがどうも苦手で、胡散臭くて信用できない。
誰にでも優しい八方美人なんて一番苦手なタイプで腹ん中で何考えてるんだろうかと怖くなってしまう。
夫はそういうところがなくて、仲の良い人が相手でも、正しくないと思えばまっすぐ怒る。
機嫌が悪い時にははぶてたり、何かが起きれば深く悩んだり、悲しんだり。良い感情も悪い感情も包み隠さず全てを出すような人だった。

綺麗な部分だけではなく、醜い感情やどす黒い部分も包み隠さず見せてくれるところが、「人間」らしいと思った。

私は彼の中に、俯瞰的に見た人類そのものが存在しているような気さえした。
そして、その人間たる部分を深く愛してしまった。

結婚をした

紆余曲折ありながらも私と彼は結婚をした。
しなけりゃ良かったと思う日も、して良かったと思う日もある。彼も同じだろう。

彼は口が悪いし、機嫌が悪けりゃ怒鳴る。
家事はしないのに文句は垂れるし、酷い時には私に手をあげる事もあった。
「サイテーじゃん離婚しなよ!」と言われる事もある。

仕事に対して真摯なところ、真面目で堅実で、努力家なところ。
優しいところ。明るく元気でよく笑うところ。
「なんでもできる」は、誰にも見えない努力で作り上げられていたこと。
子どものために、一生懸命なところ。

良いところも悪いところもどちらもあって、
それでも、嫌いになったり仲直りしたり、軽蔑したり尊敬したりを繰り返しながら私はずっと愛を育んでいる。

愛しているなら

愛しているなら、夫がほっぽった靴下を拾って洗濯機に入れられるはずである。
愛しているなら、夫が深夜にこっそり食べたラーメン丼を洗うのも苦にならないはずである。
愛しているなら、夫の枕カバーも率先して洗ってあげたくなるはずである。

だって愛しているんだから。

そんなバカな話があるだろうか?

私はきっとこれからも夫の悪口を言うと思う。そして、夫もケンカの翌日は職場の人に私の悪口を言っている(らしい。本人から聞いた)

まあ理想的な良い夫婦ではないんだろうけど、これはこれでいいんじゃない、と自虐的に笑っている。